2006年06月09日

Fight with Dream

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故・ジャンボ鶴田さんがB型肝炎でプロレスのリングを離れた時、私はまだ20歳代の若いプロレスファンだったろうか。いや、そろそろあまりプロレスも観なくなっていた時期だったかもしれない。

後期のジャンボ鶴田は日本のプロレスのエースで、本当に世界最強のプロレスラーでした。世界最強の格闘家、じゃありませんよ、念のため。
プロレスラーは、スーパーマンであり、ファンに「夢」を与えるために闘う職業の人ですから。

ジャンボ鶴田をテレビでも雑誌でもまるで見かけなくなって数年が過ぎた頃、アメリカのどこかの大学で教授に就任した、というニュースを聞きました。嬉しかった。とても。

はっきりいってプロレスラーの引退後の話に、ロクなものがあったためしがない。どこか新天地での活躍などもまずない。
だからジャンボ鶴田のニュースを聞いた時、改めて、夢を与えられた、と思いました。
ジャンボ鶴田はリングを降りてもプロレスラーだった。

・・と、喜んだのもつかの間、それからたったの1年ほどで、ジャンボ鶴田さんは肝炎の手術の失敗でこの世を去ってしまった。
プロレスラーはリングを降りてもプロレスラー、を証明して見せた最初のプロレスラー・ジャンボ鶴田さんがいなくなってしまった事は、何とも無念としかいいようのないものでした。せめてもの救いは、故・ジャイアント馬場さんよりも後だったことか。子が親よりも先に亡くなる事ほど、哀しい事はないですからね。

ハヤブサは、試合中の事故で頚椎損傷、全身麻痺の重症の身体ながら、「今の自分に出来ること」と、作詞作曲をし、歌を歌い、お芝居の舞台に上がっている。プロレスラーとして、リング上でなくとも、闘い、その姿を見せることで、今もファンに夢を与え続けています。

学生時代からの友人として、そんなハヤブサを写真に写しとめていく内に、私はいつか、ジャンボ鶴田さんのことを思い出していました。ジャンボ鶴田さんが、若かった私に与えてくれた、それと同じ事を今、ハヤブサがやっているのだなと。

夢は、それを与えられるだけでなく、それを受け継いで、次の世代に伝えた時、初めて意味のあるものとなる・・!

現在のハヤブサの姿をもっと多くの人に知ってもらいたい。伝えたい。・・そして私は、ハヤブサの写真集が出したい! と本気で思うようになりました。

※写真は昨2005年10月18日、御茶ノ水でのライブ。ハヤブサと一緒に歌っているのはハヤブサの盟友、フォークシンガーのみのや雅彦さん。

※「Fight with Dream」は、ハヤブサの入場テーマ曲名です。
posted by bonso at 00:36| Comment(2) | 不死鳥ハヤブサを撮る
この記事へのコメント
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ブログオープンおめでとう!
まず一歩からですよね。
一番身近でハヤブサさんのパワーをもらっているあなただから
絶対に夢は叶いますよ!
ハヤブサさんに負けないでお互い頑張りましょう!
Posted by 立川亜美 at 2006年06月09日 12:02
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あみさん、こんにちは!
お祝い&第1号コメントどうもありがとう!

お互いに、お楽しみはこれからだー!
Posted by bonso at 2006年06月09日 19:58
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