2006年10月26日

5年

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8月の下旬頃。ハヤブサの仲間と集まって蒲田で飲みました。もう朝日が昇っています(笑)。右側にいるのは素顔の鉄拳さん(イラストはご本人筆)。

今月22日で、ハヤブサが怪我をして5年が経ちました。学生時代からの友人の苦境に、ちょっと遊んでやるかと、私が九州大分より上京してからも4年半が経ちました。長いようで短いし、短いようで長い、5年。・・本当に月並みだけど、ただ淡々と、そう思うばかりです。

たくさんの方の手助けを借りて、ハヤブサは5年間よく頑張ってきました。このブログで紹介できた皆さんや、まだ紹介できないでいる皆さん、そして、ハヤブサとこのブログをいつも応援してくれている多くの皆さん、どうもありがとうございます。
これからも「今の自分に出来ることを」と頑張っていくのでしょう。お楽しみはこれからだ!

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そして「博多華丸・大吉」の、大吉さん。大吉さんはハヤブサの10年来の飲み友達で、ハヤブサが博多で試合出場した時には、決まって一緒に遅くまで酒を酌み交わしていました。2005年に「博多華丸・大吉」が上京し、東京での新たな飲み仲間が増えたと、ハヤブサもとても喜んでいます。

愛と勇気とあるこーる
振り向けばみんな笑っている

愛と勇気と…/詞曲・ハヤブサ
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2006年10月25日

あやねちゃんしえちゃんお楽しみ中

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姉妹仲良く、お父さんのPCでネットゲーム。
撮影は8月の下旬頃。コンタックスG2を久々に使ってみました。

※しばらくこってり肉厚写真が続きましたので、ここらでスイーツな絵をお届けします(笑)。続きを読む
posted by bonso at 18:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 愛しい人へ

2006年10月24日

ボストン〜ブリッジポートへ

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サマースラム観戦から明けて、アメリカ・ボディスラムサーキット4日目(8.21.月)になりました。専用バスに乗り、ボストンを出発。午後にはコネティカット州ブリッジポートに着予定です。

それにしても日本のプロレス興行時間は大体6時半〜9時なのですが、アメリカでは7時開始、全試合が終わるのは深夜の11時過ぎくらい(初日はなんと夜中の2時半!)。…時差ボケが抜けないままに、一昨夜の睡眠時間は1時間だったわ、お腹は一杯
だわで(これは関係ないですね)、そろそろ体力の限界です。ツアー参加者の一行も、試合中にガクッと首をうなだれては眠りに落ちる場面がやたら目立ってきました。・・アメリカのファンの人達からはどんなふうに見えた事でしょう(笑)。

サマースラム終了後、ホテルに戻って倒れていると(笑)、バックステージから帰ってきたハヤブサから、現地の記者さん達と食事にとの誘いがありましたが、もうとにかく起き上がることが出来ません(笑)。それに、昼間ショッピングモールで買い置きしてあった食材がまだどっさりと残っていて、いくら、食べ物は絶対に残さない(粗末にしない!)がポリシーの私でも、ここで外食をしてしまったらもう完全にアウトです。ギブアップさせて貰いました。

古都ボストンの景観に未練を残し、眠気で死んだ魚のようになった眼をこじ開けて、バスの中から写真を撮りました(笑)。

2006年10月23日

エッジ

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メーンイベントは、エッジvsジョン・シナのWWEヘビー級タイトルマッチでした。
チャンピオンのエッジが腰に巻くベルトは、中心部のWWEエンブレムがくるくると回転するギミック付。・・面白いアイディアですね、これ。"変身ベルト"の元祖ニッポンが、何故先にこれを思いつかなかったのか(笑)。

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WWEが現在の名称になる前は、"WWF"、…さらに昔は"WWWF(スリー・ダブル・エフ)"として、歴代王者には、元祖"ネイチャーボーイ"バディ・ロジャース、"人間発電所"ブルーノ・サンマルチノ、"ニューヨークの帝王"ボブ・バックランド、"超人"ハルク・ホーガンら、往年の名レスラーが名を連ねていたと思うと、感慨深いものがあります。現王者のエッジも、なかなかの貫禄を見せつけていました。

2006年10月22日

DX

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トリプルHとショーン・マイケルズのコンビ、"DX"。・・DXとは"D-Generation X"の略で、"ならず者の世代"という意味らしいです。「Suck it!(クソ食らえ!)」の決めゼリフと、股間を強調するボディパフォーマンスで観衆のヒートを買う、現在のWWEのトップタッグチームです。…この辺りになると、私よりも若いファンの人の方がよく知ってますよね(笑)。

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向かって右の、"HBK(ハート・ブレイク・キッド)"ショーン・マイケルズは、'99年11月に横浜アリーナで行われた、ハヤブサがエースとして活躍した団体"FMW"の10周年記念興行で、メーンイベント「H(エイチ=ハヤブサ)vsハヤブサ(ハヤブサを名乗ったニセ者マスクマン=ミスター雁之介)」戦の特別レフェリーとして来日しました。

2006年10月20日

リック・フレアー

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"狂乱の貴公子""ネイチャーボーイ"リック・フレアー。'80年代、当時世界最高峰の権威と歴史を誇っていた"NWA"のチャンピオンとして、故・ジャンボ鶴田らの挑戦を退け君臨していた、昭和ビッグ・レスラーの大物中の大物です。・・"超人"ハルク・ホーガンに続いて、私のようなオールドファンにはたまらないプレゼントの連続でした(笑)。

若いカクタス・ジャックに有刺鉄線バットを振り下ろすフレアー。そろそろ60歳にもなろうという元NWAチャンピオンが、"汚れマッチ"ともいえるハードコア・プロレスに挑んだ事に、驚きと感動を覚えました。

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デスマッチの名手・カクタスジャックのボディスラムで、画ビョウの山に叩き落されたフレアー(1枚目の写真でフレアーの背中、腰、肘、膝に光っているモノは、画ビョウです)。頑張れ、フレアー!!

2006年10月19日

ハルク・ホーガン

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"超人"ハルク・ホーガン。'70年代後半〜'80年代、新日本プロレスのエース外人として、アントニオ猪木と激闘を繰り広げました。「猪木、B・バックランド対S・ハンセン、H・ホーガン」等、学生時代にテレビで観て熱狂した、豪華ドリームマッチなどが思い出されます。

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今や、アメリカの国民的大ヒーローである超人ホーガンのパフォーマンスに、ボストン"TDバンクノース・ガーデン"アリーナの大観衆は大喜び。それにしても凄まじいホーガン人気でした。続きを読む

2006年10月17日

サブゥー

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ハヤブサがエースとして活躍していた団体"FMW"を主戦場とし、机や椅子等の危険物に半ばわざと突っ込んで自爆する、自虐的なハードコアプロレスで名を上げた、"アラビアの怪人"サブゥー。・・オールド・ファンにとっては、昭和40〜50年代の全日本プロレス年末タッグリーグ戦の目玉カード「ブッチャー、シーク対ザ・ファンクス」での狂気ファイトが懐かしい、初代"アラビアの怪人"ザ・シークの、甥になります。

WWEサマースラムのバックステージで、サブゥーはハヤブサのことを"ブラザー"と呼び、再会を喜んでいたといいます。ハヤブサにとっても、今回の旅の大きな楽しみはこのサブゥーに会うことだったでしょう。

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2006年10月16日

日本デザイン会議inとくしま

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14日(土)、ハヤブサは徳島で開催された「日本デザイン会議'06」に出席。精神科医の香山リカさん、比較文学者の芳賀徹氏、徳島出身の、みちのくプロレス新崎人生選手と「こころ天水〜アタマ-心-カラダ」という議題でディスカッションしました。

トークショーの終わりに、「YELL〜君に届くように〜」を歌ったハヤブサ。会場内を静かな感動で包みました。

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新崎人生選手。1992年に、全日本プロレスの伝統ある"アジアタッグ王座"のベルトを、ハヤブサとのタッグで巻いていました。所属団体こそ違え、ハヤブサのリング上でのベスト・パートナーであり、親友です。

人生選手の重厚なキャラクターイメージに笑顔の写真はNGだろうかとも思いましたが、快く掲載を承諾していただけました。人生選手、どうもありがとうございました!!

※オフのちょっとした時間に、人生選手はハヤブサ作詞・曲の「道歩む人〜旅の途中にて」を鼻歌で口ずさんでいました。何だかプロレスファン的に普通に嬉しかったです(笑)。続きを読む
posted by bonso at 22:28| Comment(0) | alive!

2006年10月12日

サマースラム

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3日目(8.20.日)の夜は、世界最大のプロレス組織・WWEのビッグ・ショー"サマースラム"観戦でした。この日の会場から、ハヤブサは皆と別行動。フミ・サイトーさんと、WWEスーパー・スターズのレスラー仲間達が待つバックステージに入りました。

私はツアーの一行と共に、観客席からプロレスを楽しむこととなったのですが。ところが・・。
…アリーナ行きの電車に1人だけ乗り遅れて、駅に置いていかれてしまいました(笑)。

一行と連れ立って、ホテルから徒歩7、8分程の駅に着き、物珍しそうに色んなものを観ながらカメラを取り出した、ホンの10秒足らずの時間だったと思うのですが、振り向くと誰もいなくなってしまっていたのです。改札口に駆け寄ると、ドドドと走り去っていくマイケルくんの後ろ姿が一瞬だけ見えました。マイケル!マイケルーぅ!と叫んだものの、気づいては貰えませんでした(笑)。

行き先も、チケットの買い方も分からないので、フェンス越しに呆然と電車を見送るしか出来ません。しょうがないのでてくてくとホテルに戻り、テレビをつけると、これから始まるショーの宣伝番組でしょう、ハルク・ホーガンの特集をやっていたので、これを観ながらゴロゴロすることにしました。

・・1時間も過ぎた頃、ツアーの添乗員さんからホテルに電話がありました。やっと気づいてくれたようです(笑)。とにかく1人で地下鉄に乗って、会場までいくことになりました。

1ドル25セントのチケットを買って…と教わったものの、駅の両替機から出てきたどれが25セント玉なのかが分かりません(笑)。周りは外人だらけです。後ろにもいっぱい並んでいるので、舐められてはイカンと何食わぬ顔で券売機のボタンを押したら正解だったようで、何とか電車に乗り込めました。

ハヤブサから散々脅かされていたことを思い出し、人種の入り混じったほぼ満員の車内で、緊張感が走ります。・・俺はブルース・リーだ、俺はブルース・リーだと、映画「ドラゴンへの道」の冒頭場面等を連想し、自分に言い聞かせながら(笑)、スキを見せないようカメラの入ったウエストポーチをしっかりと両手で押さえ、・・そして2駅。

無事、目的地のボストン"TDバンクノース・ガーデン"アリーナに辿りつきました(笑)。続きを読む